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エコカンハウスー家を官房機密費で建てました



空気を読まぬユーモアは無神経と取られる――菅直人元首相が5月末に立ち上げたブログの印象だ。菅氏は一昨年3月の東日本大震災当時の首相。震災と原発事故への対応で世論から強い批判を受けた。退任後は東京都武蔵野市の賃貸住宅に住み、今年1月、三鷹市に一戸建てを新築。「エコカンハウス」と名づけた

菅氏は、『エコカンハウス通信』という自身のブログで、新築の経緯や住み心地を、いついた猫が語る形で記している。

「はじめまして。おいら、エコカンハウスの新住人・エア猫COCO。91歳のお婆ちゃん家を建て直して、Bossパパ、Bossママと一緒に2月末に引っ越してきた」(5月22日付)

Bossパパは菅氏、Bossママは伸子夫人、お婆ちゃんは菅氏の実母だ。

登記簿によると、新居の敷地面積は182平方メートル。建物は2階建てで、床面積は1階が94平方メートル、2階が80平方メートル。淡いベージュの壁面で高級感漂う豪邸だ。塀の外には警護する警察官のボックスが設置されている。建物は菅氏と実母が半分ずつ所有。土地は実母の名義で、実母はこれらを担保に極度額2億円の融資を受けている。民主党関係者によると、建築費用は菅氏と実母との折半という。

ブログでは、「Bossパパは、『この家は、エネルギー自給ができるように、省エネを徹底。太陽光発電と、都市ガスから発電と給湯を行う燃料電池(エネファーム)を備えて、計画ではエネルギーは107%自給できることになっているんだ』と、すごぉく嬉しそう」「エコカンハウスが2000万戸あれば、原発40基分の発電ができ(中略)原発なくても、大丈夫」と、売りである脱原発政策もちゃっかりアピール。

また、建物は床暖房付きで「心地よさはまずまず合格」。屋根は太陽光パネルで覆われ、近くには井の頭恩賜公園や「初夏の緑の香りが気持ちよかった」神代植物公園などがあるという。

快適な生活ぶりにケチをつけるつもりはさらさらないが、一方では原発事故の影響で、多くの被災者がいまだに不便な仮設住宅暮らしを強いられているという現実がある。夏目漱石を模したかのようなこのブログを、被災者は素直に読めるだろうか。
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菅直人が豪邸を建築。

菅直人が豪邸を建築。

官房機密費で夜毎豪遊三昧、何と十億以上使ったとか、その間、国民生活をどん底に陥れた。

本来であればじっとすべきなのだがそこは卑しい育ち、
大金を手にした?ので豪邸を、そんなところでないのかな。

いわば機密費御殿である。

人品卑しい者に権力を与えたらいけない

橋下大阪市長へ一言

橋下大阪市長はアメリカに、
終戦後の我が国の状況を外国記者クラブで説明するといい。

終戦後米兵相手に慰安所を作らせ、我が国の女性は
食べるために恥を忍んでパンパンガールになったのだ。

日本はこれを従軍慰安婦として問題にしたか?

米兵慰安所
米兵慰安所

当時の慰安所の写真



橋下は政治論点の
問題にしたいのなら堂々とアメリカに対して
謝罪を要求してからにしろ。

K機関(後にKチームに改名)特務隊のアクションプログラム


動燃の「原発推進」工作で名前の挙がったあの人〈週刊朝日〉

dot. 3月13日(水)7時13分配信

 週刊朝日が詳報した旧動燃(動力炉・核燃料開発事業団=現・日本原子力研究開発機構)の「住民工作資料」は、岡山県と鳥取県の県境に位置する人形峠周辺、ウラン鉱山の一つがあった鳥取県東郷町(現・湯梨浜町)方面地区において、組織ぐるみで住民たちの個人情報を集め、「思想チェック」「素行調査」をしていた――というものだった。しかし、旧動燃が手を染めていた「工作」は、それだけではない。〈K機関(後にKチームに改名)特務隊のアクションプログラム 第1案〉と題された内部資料の驚くべき内容を、ジャーナリストの今西憲之氏と週刊朝日取材班が暴露する。

*  *  *
「Kチーム」は具体的にどんな工作をしたのか。当時、本社の核燃料サイクル技術開発部の幹部だったY氏が作成した「第1案」は、実に過激だ。

〈JC(青年会議所)ラインの利用 K機関で確保しているタレントとの会談を企画し、洗脳する〉
〈マスコミ対応 (1)K機関タレントの利用 K機関で所掌しているタレントとの会食を通じて洗脳〉

「洗脳」とは穏やかでないが、どうやら「タレントとの会食」というおいしい“エサ”で、動燃シンパを増やそうとしていたようだ。別の資科では、こんな名前が挙がっていた。

〈竹村健一 石原慎太郎の活用〉
〈石原氏へは、アプローチの仕方について要検討〉

 評論家の竹村氏と前東京都知事の石原氏は、ともに原発推進派である。資料では動燃と関係が深い大手ゼネコンの名も挙がり、〈協力隊を出してもらう〉との記述もあった。

※週刊朝日 2013年3月22日号
    

2月21日 予算委員会森ゆうこ質問議事録 2

○森ゆうこ君 これについては、今のお話はもう皆さんはお分かりになると思いますが、検察審査会によって強制起訴をされました小沢一郎裁判、その公判の中で明らかになり、昨年四月二十六日の東京地方裁判所無罪判決において、その判決文要旨の中で厳しく指弾をされております。
 裁判所はどのようにこの問題について見解を述べ、そして厳しくその問題点を指摘されたんでしょうか。

○最高裁判所長官代理者(今崎幸彦君) お答え申し上げます。
 ただいま議員御指摘の事件につきましては、個別の事件でございますので、事務当局からその事件についてコメントを申し上げるのは差し控えさせていただきたいと存じます。
 しかしながら、裁判所といたしましては、無実の方が有罪判決を受けるというようなことが決してあってはならないということは誠にそのとおりでございます。そのようなことのないように、いかなる事件におきましても、裁判所としては当事者双方の主張に十分耳を傾けまして、当事者双方から提出された証拠について十分にこれを吟味いたします。そして、最終的には、刑事裁判でございますので、検察官におかれて立証責任を負っているわけでございますので、検察官が合理的な疑いを超えた程度の立証を尽くしたかどうか、これを慎重に見極めて判断しているものと考えております。
 以上でございます。

○森ゆうこ君 資料の六ページを御覧ください。これが判決文の要旨でございます。下線部分を読み上げます。
 「このように、検察官が、公判において証人となる可能性の高い重要な人物に対し、任意性に疑いのある方法で取り調べて供述調書を作成し、その取調状況について事実に反する内容の捜査報告書を作成した上で、これらを検察審査会に送付するなどということは、あってはならないことである。」とされております。
 次のページをおめくりください。下線部。
 「検察官が、任意性に疑いのある方法で取調べを行って供述調書を作成し、また、事実に反する内容の捜査報告書を作成し、これらを送付して、検察審査会の判断を誤らせるようなことは、決して許されないことである。本件の証拠調べによれば、本件の捜査において、特捜部で、事件の見立てを立て、取調べ担当検察官は、その見立てに沿う供述を獲得することに力を注いでいた状況をうかがうことができ、このような捜査状況がその背景になっているとも考えられる」、このように厳しく指弾されました。
 このうその捜査報告書を検察審査会に提出し、そして検察審査員をだまして強制起訴させた田代政弘検事に対する対応はどうなりましたか。

○政府参考人(稲田伸夫君) 先ほども申し上げましたように、田代元検事に対しましては減給という懲戒処分を科したところでございますが、その日に同人は辞職をいたしました。
 なお、同人につきましてなされておりました告訴につきましては、嫌疑不十分ということで不起訴にしたものと承知しております。


○森ゆうこ君 警察は先ほど、うその供述調書等を作成した者に対して十年以下の懲役を伴う有印公文書偽造ということで厳しい処分をしておりますけれども、なぜ田代さんにはこんなに甘い処分だったんですか。

○政府参考人(稲田伸夫君) 当該事件につきまして刑事事件として起訴をしなかった点につきましては、当該捜査報告書が虚偽の公文書に当たり得るとは認定はいたしましたものの、当該被疑者であります元検事が故意にこれを作成したとまでは認定するだけの証拠が十分ではなかったというふうに判断したものと承知しております。

○森ゆうこ君 皆さん、この資料の一番最初、これが田代さんが提出した捜査報告書です。日付は平成二十二年五月十七日となっております。公文書の作成日は何を意味しますか。

○政府参考人(稲田伸夫君) 公文書一般につきましてお答え申し上げられる立場にはございませんが、検察官が作成するものということでお答えを申し上げますが、検察官が作成する捜査関係書類などの公文書につきましては、刑事訴訟規則によりまして、特別の定めのある場合を除いては、年月日を記載して署名押印し、その所属の官公署を表示するというふうにされております。この規定に基づきまして、当該文書には年月日が記載されることになっております。これは、一般に文書の特定に資するためというふうに言われているところでございます。

○森ゆうこ君 この五月十七日というのは、この捜査報告書を作成した日付ということでよろしいですね。

○政府参考人(稲田伸夫君) お答え申し上げます。
 先ほど私の方から申し上げました平成二十四年六月二十七日付けで最高検察庁が公表した資料によりますと、当該検事は平成二十二年五月十七日の夕刻から当該報告書の作成を開始し、日をまたぎまして同月十九日夜までには当該報告書を完成させたというふうに承知しているところでございます。

○森ゆうこ君 作成した日とこの日付、五月十七日、違うのはなぜですか。

○政府参考人(稲田伸夫君) 先ほど申し上げましたように、繰り返しになりますが、当該報告書を作成を開始したのが五月十七日でございまして、その後、二日後まで掛かって完成をさせたというふうに承知しております。
 このように複数日にまたがった場合に、文書作成を開始した日を作成日にするということが誤りであるとまで言い切れるのかどうか私どもとしてもよく分かりませんし、一般に完成した日に書く場合が多いとも言われますが、私どもとして網羅的に承知しているわけではございません。
 先ほども申しましたように、根拠となります規則上も年月日を記載するとされておりますところから、この書き方につきまして今どちらが正しいとかいうのはちょっと申し上げにくいところはございます。

○森ゆうこ君 法務省、法務大臣、こんな答弁でいいんですか。捜査当局の公文書の日付というものは極めて重要な、そのアリバイとか事件の事実関係とか、そういうものを特定する日でしょう。捜査報告書の日付が実際にできた五月十九日、これは最高検の、この問題の調査報告書の資料付けていますけど、四ページにそう書いてあるんですよ。五月十九日なんです。でも、これ報告書は五月十七日でしょう。期ずれじゃないですか。

○政府参考人(稲田伸夫君) 先ほど申し上げましたように、文書の作成日というのをいつにするかというのは、結局のところ、その文書がどういう性質のものであるか、内容はどういうものであるかによってやっぱり個別にある程度判断される要素はあり得るんだろうというふうに思っておりまして、この場合につきましてもどの日にすべきであるかということを一概に申し上げるのは私としては困難であると思っております。

○森ゆうこ君 そんなばかな、そんなばかな答弁ありますか。

○委員長(石井一君) 速記を止めて。
   〔速記中止〕

○委員長(石井一君) 速記を起こして。
 世間常識的にはその報告書を受理し世間に公表するときというのが当然だとは思うんですが、もう一度簡潔に御質問いただいて、そして政府参考人の御答弁を求めます。質問に率直に答えてください。

○森ゆうこ君 五時間にわたる取調べ、石川知裕衆議院議員に対して五時間にわたる取調べを行ったんですけれども、一切メモを取らずにこの捜査報告書を書いたと。その捜査報告書の正当性を強調するために、その当日作ったかのようにこの日付を書いたと。この最高検の調査報告書からすると、この経緯が書いてありますけれども、ここに書いてあるものと明らかに矛盾をしますし、私がこの質問に至った経緯は、検察の中にも、この問題このままでいいのか、良識的な人がいらっしゃるんですよ。
 もう一遍きちんと答えてください。捜査機関の行う調査、捜査の結果作る公文書、その日付、これが期ずれだと。これはおかしいですよ、どう考えても。

○政府参考人(稲田伸夫君) 先ほども申し上げたとおりでございまして、この件につきましては、五月十七日から作成を開始し、最終的にでき上がったのは二日後の五月十九日であったということでございます。
 そのような事実関係を踏まえて、当該作成者は作成日というか当該報告書の日付を五月十七日としたというふうに承知をしているところでございまして、どちらにするべきなのかというのは、私もここで、こちらでなければならない、五月十九日にするべきであったのかと言われれば、そういうやり方が当然あるというふうには承知はいたしておりますけれども、五月十七日であってはまずいという理由も私どもとしては十分には理解し難いところもあるということでございます。(発言する者あり)

○委員長(石井一君) 森さん、いかがですか。

○森ゆうこ君 この問題については、法務大臣、小川元法務大臣が指揮権発動、これ当局に任せておいても駄目ですから、きちんとやりなさいと、当然のことながらその指示を出された。それを出そうとして野田元総理に相談したけれども、事実上更迭されたという問題でございます。
 法務大臣、こういうことがあってはいけないと思いますし、もう一回この再調査、指示するおつもりはありませんか。

○国務大臣(谷垣禎一君) 既に検察部内でこの問題にどう対応するかという検討もいたしまして、捜査報告書等の扱いについては安易に使わないようにすると、きちっと取調べをして、調書というのは当然取調べ対象者の同意が要りますので、そういった運用に改めるような議論をいたしております。

○森ゆうこ君 もう時間ですので、引き続き次回やらせていただきます。

○委員長(石井一君) 以上で森ゆうこさんの質疑は終了いたしました。(拍手)
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Author:cbu66810
昭和が終わって二十年、そろそろあの六十数年を最初から最後まで総括し新しい時代に向けて一歩をふみだす時に来ています。

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