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国家狂乱篇41

  昭和の前半、日本にテロリストがいた。この平和ボケと呼ばれる時代の対極である。かれらの大義名分は一人一殺を掲げ「貧困を招いた責任者に天誅を加える」というものであった。満州帰りの怪僧 井上日召の「血盟団」である。団琢磨の暗殺は有名であるが、その背景はどうなっていたのか。

  すでに、財閥の独占と、その財閥のいいなりであった腐敗政治に対し、民衆のあいだには諦めと憎悪があった。質素な生活、貧困に苦しむ生活、娘を売りに出さねばならないという現状、一等国であるはずの我が国人民がなぜこのような仕打ちを受けねばならないのか。  すでに幼年学校→陸軍士官学校出の若手将校、農村出身の在郷軍人は不満の蓄積が爆発寸前まできていた。そういった彼らの拠り所となるのは、いつの時代でもそうであるが宗教的存在、理想社会である。

  そしてその社会を目指そうとした怪将校がドイツ留学を終え、満州の地に降り立った石原莞爾である。井上日召と石原の間には共通の宗教があった。そしてそれは銀河鉄道の夜を書いた宮沢賢治にも通じていたと思われる。

 以下の文献からの抜粋を興味ある方はご一読されたい。

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   たとえば、満州事変を起こし満州国建国の道を開いた軍人石原莞爾。『日本改造法案大綱』を著し「二・二六事件」の理論的支柱となった北一輝。「一人一殺」をスローガンに血盟団を結成し、政治家井上準之助、経済人団琢磨を暗殺させた井上日召。これらすべてが、そしてこの他にも多くの有名・無名のファシストたちが熱烈な「日蓮主義者」であった。
 ただし、北一輝については「日蓮主義者」というよりは「法華主義者」と言った方が正確かもしれない。

  北一輝は膨大な法華経をすべて暗記していた。そして常々「日蓮は友人だ」と言っていたという。だから日蓮を崇拝していたのではない。むしろ自分こそ日蓮以上の「法華経の行者」だと思っていたのである。
 
   そして、この延長線上にあるのが、『銀河鉄道の夜』で有名な宮沢賢治である。

   賢治は「宇宙全体が幸福にならない限り個人の幸福はあり得ない」といった。

   これが法華経に基づく考え方である事は、これまでこの編を読んできた人には容易に理解されるだろう。
  「一天四皆帰妙法」である。この世のすべての人々が法華経に帰依した時、この世はそのまま常寂光土(仏国土)になる、という考えからきている事は明らかだ。
 賢治はその死に際して父に、法華経を千部印刷し、自分の生涯はこの経を届けるためにあった」、と書いた手紙を添えて友人たちに配布してくれ」と遺言している。
 また、その「遺作」となった有名な雨ニモ負ケズ」の詩が書き付けられた手帳には、続けて日蓮宗独特の曼荼羅が書写されていた。

  まさに法華経の行者である。

  ただ、賢治は摂受はしても折伏には積極的でなかった。この点、同じ「法華主義者」といっても日蓮と大きく違う。
 それとは対照的に、「一天四海皆帰妙法」を軍事力による「折伏」で行おうとしたのが、石原莞爾であり北一輝であった。
 寺内大吉氏が、そもそも『化城の日本史』を書こうとしたきっかけは、満州国建国のために日本の軍人と満州人が集まって建国会議を開いたときの写真を見たことだ。
 その写真には、日本の国旗も清朝の国旗も無いのに、ただ一つ「南無妙法蓮華経」と書かれた例の「ヒゲ文字」の旗が掲げられていた。それを不審に思ったのが、そもそものきっかけだという。

 そのうち寺内氏は、この満州国建国会議が開かれた昭和七年二月十六日という日付の持つ、重大な意味に気がつく。二月十六日は日蓮の誕生日と伝えられる日なのである。

 石原は日本の軍人のなかでもスケールの大きな人物で、昭和前期から「世界最終戦争」という構想を持っていた。これは東洋の覇者日本と西洋の覇者が最終戦争を戦い、その結果日本が勝つ事によって「一天四海皆帰妙法」が実現し、恒久的な平和が訪れると言うものである。そういう観点からすれば、満州国建国はその記念すべき「大折伏」の第一歩であったことになる。だからこそ、その第一歩が日蓮の誕生日になるよう調整したのだろう。


  もちろん、これも誤解の無いように付け加えておくが、日蓮信仰=ファシズムではないし、天皇絶対主義でもない。日蓮自身は法華経絶対を唱え、皇室の祖アマテラスすら法華経の下に属するものとしてとらえていた。

  しかし、天皇絶対主義と日蓮の法華思想を、巧みに結びつけた人物がいた。

  その代表的な「思想家」が田中智学である。

  智学は、日本は法華に基づいて世界を統一すべき使命を持った特別な国である、と規定する。そして、日蓮こそ、その世界統一軍の「大元帥」であり、日本人はその「天兵」である、という日蓮の真意とは大きくかけ離れた理論を考えだした。この考え方を発展させれば、世界侵略すら一つの「折伏」として肯定されることになる。北一輝も石原莞爾もこの影響下にある、とも言える。

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出典/「逆説の日本史6中世神風編 」井沢元彦著


 
  
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昭和が終わって二十年、そろそろあの六十数年を最初から最後まで総括し新しい時代に向けて一歩をふみだす時に来ています。

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