スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

石油最終争奪戦世界を震撼させる「ピークオイル」の真実5

  石油ピークとは石油生産量が頭打ちになることである。際限のない需要の延びに生産がおいつかないということ。当たり前だが、地下の資源は発見されてから生産される。その世界での石油発見のピークは1946年ごろであった。今人類は、40年も前に発見された資産を食い潰している。これからの世代に現代人はなにも残そうとしないのである。

  市場至上主義は現代人、つまり今のマーケットに参加できる人のみの都合のよい論理であり、これは未来に大きな禍根を残す。すでに今の若者は地球の収奪は大人の責任と糾弾することすらある。

  エコノミストは、技術万能主義と結んで地球資源は有限ではないと繰りかえし発言してきた。事実、資本主義も社会主義も地球が有限である、自然に限りがあることを、その学問、理論体系に組みいれることはなかった。

  1929年の世界恐慌はケインズ経済学の公共投資の作られた需要で回復した。この理論が、1990年代の日本の不況対策の論理的な根拠とされたのだろうが、もう1930年代ではない。
 石油をもっとも消費する車社会の支援に当たる橋、道路などに膨大な税を注ぎ込んだ1990年代の政策は、大変な時代錯誤であったとしか言いようがない。ハバードはそのような矛盾を1970年代から鋭く突いている。

  彼はまた、貨幣システムはいつまでも膨張可能であるが」、これは地球の限界のもたらす資源・エネルギーの減耗、質の劣化とは相容れないものだと警告したのである。
 1929年当時は、資源ベースとともに指数関数的に増大することができた。だが貨幣システムは崩壊した。
現代はまったく違うと生涯を通して訴え続けた。

P71-72
「石油最終争奪戦世界を震撼させる「ピークオイル」の真実/石井吉徳/日刊工業新聞社」より





   ところで石油をはじめて計画的に掘削したのは、R・ドレイクという人物である。この、ドレイクが、石油を史上初めて燃料用に使えるものとして掘削に成功したそうである。1859年8月27日、ニューヨーク州の北とオハイオ州に挟まれた、ペンシルベニア州のエリー湖(五大湖のひとつ)のほとりの川でのこと。人類が石油をエネルギーとして使い始めたのは実に1859年からであった。インディアンたちは、自噴して地面に湧き出ている石油をそれ以前から暖房用に使っていたと推測されるが、それが後に人類の主要なエネルギーとなるとはだれも気づかなかった。
  この日本は幕末の動乱の最中、ここにジョン・デイビットソン・ロックフェラー1世が登場する。彼は1870年にこのクリーブランドで、後に悪名をはせる「スタンダード石油」をつくる。
  
    M.K.Hubbert(1903-1989)は地球物理学者で思想家であったが、彼の鋭い洞察は幾何級数的に資源消費をし続けるという人間の性向を深く見抜いていたと石井さんは述べる。そして原油価格は高止まらざるをえずそれに対して日本は何の手立てもせずに楽観論が幅を利かせており、国民にもこの事実が隠されていると主張される。地球物理学者のハバートの独創的な発想は、シェル石油の研究者としての現実的な思考から生まれたものであろう。そして、彼の地球物理学的な思考が在来の経済学、社会学とは本質的に異なる結論へと導いた。ハバートは資源論の立場で、経済学を鋭く考究したのである。ハバートは述べている「1929年の世界経済の大恐慌からは多くを学んだ」と。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

cbu66810

Author:cbu66810
昭和が終わって二十年、そろそろあの六十数年を最初から最後まで総括し新しい時代に向けて一歩をふみだす時に来ています。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
FC2カウンター
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。