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国家狂乱篇30

 
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 ここまで、明治以来の富豪の実績とその閨閥について見て来た。前置きが長くなったがこれから昭和史の中へ入っていく。実際には皇太子裕仁殿下が摂政を務めた時期からを見ていく。その前に天皇制について述べておかなければならねばと思う。

 私は偶然日本史が得意科目で受験勉強で歴代天皇全員を殆ど暗記していたので、苦にはならいのですが、あまり知る機会のない方にとってはイメージしにくいのではないかと思う。

 徳川慶喜の大政奉還はご存知のかたが多いと思いますが、これによって日本の支配権は天皇家に返還された。このことは教科書に書いてあるとおりです。「君臨すれども統治せず」これは明治天皇の方針とされていますが、天皇は実際統治権は無かったといえば言いすぎでしょうか。ということは、つまりは統治のために天皇家の復活が利用されたということが推測されます。では誰がというと官軍の長州閥を中心としたグループが枢密院をつくりそこで全ての方針が決定されたあと天皇が承認するという方法でした。

 スターリンは共産主義を統治の手段としてもちいました。毛沢東もそうです。日本においても統治の手段として嘗ての被支配階級が天皇を統治の手段として担ぎ出したと見ることが出来ます。そして嘗ての被支配階級は士農工商に変わって新しく華族、士族、平民、etcという新しい身分制度を作り出し自分達は天皇に貴族に任命してもらい支配階級となったのではないでしょうか。この時明治天皇はすんなりと彼らの要求を認めたのか、この点についてはいろんな説も流れています。嘗ての長州山口県の田布施というところがありますが、歴史に名を残す人物にこの田布施つながりの人間が多くいます。伊藤博文にはじまり木戸幸一、宮本顕治、河上肇、難波八助、松岡洋右、安倍源基(終戦時の内務大臣)、賀屋興宣、佐藤栄作・岸信介兄弟・・・、。 
  
 「大室寅之助は田布施の生まれ、……伊藤博文(林家が伊藤家の本家)と「虎ノ門事件」を起こした難波八助は一族である。また宮本顕治(日本共産党)も一族。そして、木戸幸一も系図に入ってくる。京都大学教授でマルクス主義を木戸幸一、近衛文麿に教えた河上肇も一族である。そして、大室寅之助の生家の近くに岸信介一族の生家もある。この地から代議士の国光五郎、難波作之助が出ている。また、元外相松岡洋右も岸信介の一族である。あの終戦内閣の最後内務大臣安倍源基も大室寅之助の生家の近くである。
……大室寅之助が南朝の末裔であるという説があるが、確たる証拠は私の調べた限りではなに一つない。むしろ、北朝鮮系の被差別部落民ではないのか、と思っている。」(「日本のいちばん醜い日」鬼塚英昭より)

 大室寅之助=明治天皇説には、専門家に任せ、ここでは組しない。しかしながらそういった説があるといったことは知識として知っておいても良いのではないかと思う。

 いずれにしても硬貨には必ず表と裏があり、それは歴史についてもいえるが、ほんの六十年~八十年ほど前のことであるから忘却の彼方に忘れて記憶から葬っておくわけにはゆかない。




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昭和が終わって二十年、そろそろあの六十数年を最初から最後まで総括し新しい時代に向けて一歩をふみだす時に来ています。

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